レコードは果てしなく

好きなレコードや観たライヴのことを喋ります。'79年生まれ。

『Trickster Sessions』 西村哲也

グランドファーザーズ、BAND EXPO、三匹夜会、Only Love Hurts (a.k.a. 面影ラッキーホール)、メトロファルスにおけるバンドサウンドの肝。私のハートを最も熱くするギターヒーロー、極上のメロディーメイカー&アレンジャーであり深遠な詩人、そして、じわりと胸を打つシンガー...もう何から何まで(シャイでオタク気質なお人柄も含め)敬愛してやまないシンガーロックライター西村哲也さんの5作目のニューアルバム『Trickster Sessions』がいよいよ届いた。前作『運命の彼のメロディ』から4年をかけて(いつものごとく)じっくり精魂込めて丹念に練り上げられたまたしてもロック名曲集。このロック暗黒時代に恐れを知らぬ!?ゲーテの『ファウスト』をテーマにした(ほぼ)コンセプトアルバムという点からも、今作はより一層聴き応えある、聴き応えしかない傑作だ。

Trickster Sessions

Trickster Sessions

前作ではそれ以前のアメリカンロック的要素は薄まりヨーロピアンロックの香りが漂うほの暗くメランコリックな作品であったが、今作ではその路線を引き継ぎつつ切なさよりも躍動感に満ち溢れたグルーヴィーなバンドサウンドで攻めまくるアグレッシヴなアルバムだ。何と言っても、今回は東京のライヴバンドメンバーであり盟友の大田譲ベース!矢部浩志ドラム!伊藤隆博ピアノ!にもちろん西村哲也ギター!のベーシックな4リズムはスタジオでせーので一発録りだそうで、これまで以上にライヴ感と迫力と太さがぐぐぐいっと前面に出ている。スピーカーでもヘッドホンでも出来るだけ大きめの音で聴いて、リズムに身体を任せて、踊るべし。更にそこに西村さんはリズム以外のギターパートはもちろん、ペダルスティールやエレキシタールシンセサイザーなどを重ね、川口義之さんはサックスやフルートでMVP級の大活躍、大田真緒さん&ほりおみわさんのクールに寄り添う女声コーラス、これまでの西村ソロでもお馴染み田辺晋一さんのユーモラスなパーカッションと様々な音を絶妙に組み合わせ、一筋縄でいかない極彩色のポップロックに仕上げている。スピーカーでもヘッドホンでも出来るだけ大きめの音で聴いて、踊りながら、細部の音にも耳を注ぐべし。ライヴで再現できないような実験もたくさんで、まさにトリックスター達のセッションだ。レコードは録音芸術であるということをいつも西村さんは教えてくれる。

ロキシー・ミュージックの1stを意識している」「デヴィッド・ボウイから受けた影響を全部出します」は制作過程中のライヴでの西村さんのMCで飛び出ていた言葉で、ミックスを務めている鳥羽修さんからも同じような感想を聞いたが、それに違わぬ内容だと思う。そんなファンキーなグラムロック魂だけではなく、合間に挟まれる静かでダークな楽曲ではジェネシスあたりのプログレ魂がかなり濃厚に噴出している。アメリカンロックやブリティッシュロックをやる人は多くても、このあたりの退廃美ロックをやる人はあまりいないので、後方宙返り3回ひねりして今ではとても新鮮に響くのではないかと思うのだが、どうだろう。

ところで、コンセプトになっているゲーテファウスト』については?...読んだことが無いので何も語れないが、もちろん読んでいなくても存分に楽しめるので大丈夫。『ファウスト』ってなんかわからんけどスゴイような気がする、でいいんです(笑)。ウィキペディアとかであらすじだけでも調べてもいいかも(ちゃんと物語通りに曲は並んでいる)。西村さん曰く「なんか『ファウスト』読むの難しそうだと思う人は、手塚治虫が漫画で描いてますので。3回描いてます」とのこと。西村哲也も『ファウスト』をロックで描きました。


西村哲也「Trickster Sessions」

01. 円環の終わり Loop End
プレイボタンを押せば謎めいたエレキシタールの響き...終わりのような始まりなのか始まりのような終わりなのか「円環の終わり」で物語は始まる。とても短い寂しげな曲だが、リピートでまたこの曲に帰ってくると魅力が増す。歌詞については『魔法少女まどか☆マギカ』を参照(観たことない)。

02. 愛の再生 Reincarnation Love
悪魔の黒い犬メフィストーフェレスの登場シーンは、ベルリン三部作の頃のデヴィッド・ボウイを彷彿とするミドルテンポのスペーシーなロックナンバー。後半に行くに従って、じわりじわじわと力強くロックのスイッチが入る。ひしゃげたヘヴィーなリズムギターロバート・フリップ風?伸びていくギターの絡み合いや粘っこくハネてウネるベースが聴きどころ。”犬 in the sky” ”黒 in the sky”という言い回しは斬新だ。

03. 黒犬の勧誘 Black Dog Guidance
黒犬メフィストファウスト博士がそそのかされ契約を結ぶシーン?ロキシー・ミュージックの1stとはまさにこの曲、グルーヴの鬼。間違いなく序盤のハイライトだ。強力ファンキーなクラヴィネットにドゥーンドゥーンと吠えるベース、アンディ・マッケイ顔負けにブロウしまくる川口さんのサックスからは炎が見える!けたたましいブルースハープもほりおさんのエモいコーラスも全部が猛烈に熱い、最高!の一言。

04. 彼女の愉しみの選択 Grateful Girl's Story
若返ったファウストが普通の町娘グレートヒェンに恋に堕ちるシーン?ちょっと分からなくなってきました(笑)。「黒犬の勧誘」で一気に沸騰した興奮をこの曲で少しクールダウン、ペダルスティールが隠し味の初期スティーリー・ダンのごとく洗練されたバンドサウンドに酔いしれる(カーネーション『Suburban Baroque』収録の「Little Jetty」と併聴されたし。同じリズム隊だし、同い年の直枝さんと西村さんが思い描くスティーリー・ダンは一緒!)。終盤はジャムセッションっぽくなるのだけど、実は本来終わるべきところで気づかずに大田さんがベースを弾き続けてしまったために、それに皆が合わせて演奏が長くなっているのだそう。西村さんと矢部さんはミスに気づいてなかったようだが、気づいていた伊藤さんはチッと若干キレ気味にピアノを叩いているのが凄まじくロックで、結果オッケーテイクに。一発録音の嬉しい誤算、そのおかげで私的にかなり好きな曲。

05. 光の庭 Sunshine of Our Garden
ファウストとグレートヒェンが光の庭で戯れるシーン?心がウキウキ弾む、ちょっとおどけたようなリズムが楽しい曲。途中で曲調が変わり、ポール・マッカートニー&ウイングス「幸せのノック」みたいなベースラインが飛び出てくるところがお気に入り。そして、西村さんお得意のユニゾンギターソロに滅法弱い私です。

06. 堕天使ハープ Harp
堕天使ハープってメフィストのこと?いよいよどういうシーンなのかわかりません(笑)。ハープというだけあってブルースハープを狂おしく吹きながらアコースティックギターをかき鳴らす、ボブ・ディラン風のフォークロック。と言っても凡百のフォークロックで終わってないのは、矢部さんが何度も繰り出すハイハットのスコーッ(説明できん)があまりにも痛快だから。最後の伊藤さんの砂嵐のようなオルガンソロも流石の名人ぶり、アガります。

07. 逢瀬 A Secret
ファウストとグレートヒェンの秘めやかな愛の育み?最初からほりおみわさんとデュエットすることを意識して書かれた曲だという。繊細に奏でられるアコースティックギターの美しいを超えてサイケデリックアルペジオハーモニー、二人の歌声の重なりの清らかな色気にうっとり。川口さんのフルートソロ(要望はイアン・マクドナルド)はもはやあの世からの幽玄な響き...意識が遠のきます。密かに、強烈に、印象に残る名曲。

08. 彼女を救い出せ Save Her Before Sunrise
あれやこれや不幸の連続で地に堕ちてしまったグレートヒェンをファウストが救い出そうとするシーン?『ファウスト』物語はここでフィナーレを迎える。イントロの勇猛果敢なドラムソロに唸り声をあげるバリトンサックス、ほりおさんの逞しいコーラスなどから並々ならぬファウストの気合いを感じるが、果たして彼女を救い出せたのだろうか?

09. 妖精の指輪 Red Ring
それでもアルバムは続く。この曲はアルバム曲の中で初めてライヴで聴いた曲で、それから幾度となく聴いてきたが、聴くたびになんて素敵な曲なんだ!とどんどん引き込まれていく。こうやってレコードとして聴いても同じだ。怪しくもロマンチックでエロティック、オトナのムードロック。間奏のスティーヴ・ハケットばりのプログレギターソロは渾身の名演、あまりにも滑らかに撫でるように感情を掻きむしられる。ベストトラックかもしれない。

10. 去っていった鳩 Isomers of The Soul
大なり><小なり「ハトなんですが」、コルネッツ「鳩」に続く、(私的)鳩の名曲。隠れ人気曲のような気がする。コンガ&ボンゴの軽やかなリズムとエレキシタールのエキゾチックな響きは、シールズ&クロフツを匂わせる穏やかなフォークポップ。隅々まで神経の行き届いた歌唱、西村さんの切ない歌声の魅力を堪能できる。タイトルは鳩であるが、歌詞は絵本の「ねずみ女房」にインスパイアされているそうだ(読んだことない)。

11. 崩壊の涙 Tear of A Fall
ラストナンバーは前作「ケヴィンのブルース」でも披露されたシンセベースが奔放に弾むテクノポップ調、そこにペダルスティールやマンドリンなど土臭い楽器が絡むのが面白い。一人多重オクターブユニゾンボーカルも心地良いが、歌詞に込められたメッセージは...憤ってます。


Trickster Sessions』 西村哲也(2018年)

01, 円環の終わり Loop End
02. 愛の再生 Reincarnation Love
03. 黒犬の勧誘 Black Dog Guidance
04. 彼女の愉しみの選択 Grateful Girl's Story
05. 光の庭 Sunshine of Our Garden
06. 堕天使ハープ Harp
07. 逢瀬 A Secret
08. 彼女を救い出せ Save Her Before Sunrise
09. 妖精の指輪 Red Ring
10. 去っていった鳩 Isomers of The Soul
11. 崩壊の涙 Tear of A Fall

大田譲:Bass, Chorus
矢部浩志:Drums
伊藤隆博:Piano, Organ, Clavinet, Wurlitzer
川口義之:Sax, Flute
田辺晋一:Conga, Bongo, Percussions
大田真緒:Chorus
ほりおみわ:Chorus
西村哲也:Other All Instruments

Recorded by TETSUYA NISHIMURA (Heron Studio), EIJI HIRANO (Studio Happiness), SHINICHI TANABE (Amigo Studio)
Mixed and Mastered by OSAMU TOBA (Smalltown Studio)

Art Direction and Design by HIDEAKI SUZUKI (ahg)

※なんと!ディスクユニオンの6/12付 週間日本のロックチャート3位を記録しました(aikoの上!)。ちなみに、ディスクユニオンでの購入特典はデモ音源CD-R(9曲も!)なのですが、それがまた非常に素晴らしい内容なのですよ(レヴュー書こうかなと思うくらい)。