レコードは果てしなく

好きなレコードや観たライヴのことを喋ります。'79年生まれ。

『こんな風に』冬支度

この冬の終わりに。目に見えない新型ウイルスの急襲により、混乱の一途を辿るニッポン社会...いろんな人がいろんなことを言う、根も葉もないデマに振り回され、思いつきのような自粛要請にかき乱され...ああ、人間ってホンマに脆いなと改めて思い知る今日この頃...だからこそ、ごく普通のなんてことない日常を想う、想いたい。そんなタイミングで、冬支度の新作『こんな風に』が届いた。

冬支度とは、大阪を拠点にする素朴なグッドタイムミュージック奏でる安田支度さんと斎藤祢々子さんによる男女フォークデュオ。新作『こんな風に』は活動12年目にしてのファーストフルアルバムだ。その前に『オールドハイツ・ミュージック』(2013年作)というミニアルバムがあるが、イベントで憧れの人たちと共演することが決まり些か突貫工事的に仕上げた名刺代わり的作品だった(それはそれの味がある逸品)。私は何度も冬支度のライヴを観ているのだが、何とも心温まる素敵な曲がたくさんあり(どうやらアルバム3枚分くらいは曲があるらしい)、パーカッションの渡瀬千尋さんやギターの藤江隆さんがサポートするようになってからはますます音楽が豊かになり魅力が増してきていたので、何とか形にしてほしいなぁ繰り返し聴きたいなぁと思っていたし、本人たちにも言い続けていた(私だけではない、ファンは皆そう)。ようやく重い腰を上げ、悪戦苦闘しながらじっくりと音と言葉を丁寧に重ねた全11曲、どれもライヴではお馴染みの曲ばかりだ。地道に続けてきた生演奏で培われた人間味溢れる、でも、ちょっと不思議なハーモニーの冬支度ワールドがいい具合にパッケージされている。世は音圧重視のデジタルサウンドがトレンドなのだろうが、それに反するようなひたすら穏やかで温もりのあるアコースティックサウンドが新鮮で心地良い。最大五人で演奏していても、二人の歌と演奏以外の楽器の音はそっとささやかな音量で鳴っている。メインの二人の邪魔は絶対しないというサポートメンバーの想いとこだわりを感じるミックスで、こういう控えめな雰囲気も今どき珍しい。そして、いつもの街を気ままに散歩しているかのようなゆったりとしたテンポ感も貴重だろう、自然に身体が左右に揺れ平静を取り戻す。何気ない日常風景や心象をちょっと斜め上から俯瞰して色鮮やかに描かれた詩が二人の朴訥とした歌とリズムに乗って、じんわりと染みわたる。冬支度、こんな風に、歌って演奏してます。

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『こんな風に』、猫ジャケ

アルバムはタイトルソング「こんな風に」で、ほのぼのとスタート。煙草の火にはっぴいえんどが思い浮かぶ、そう言えば「こんな風に」は「こんなふうに」とも「こんなかぜに」とも読める、彼らも風街の住人。ゆるやかにハネてるギターのリズム、曲が進むにつれてパーカッションが変化するのも聴きどころ。山のふもとで腰を下ろし呑気な口笛を一吹き「走馬灯」はゴキゲンだね、ドブロギターの土の香りと斎藤さんの天然サイケなコーラスが芳しい。サントリーウイスキーのCMソングみたく哀愁漂う「浮かない顔して」は冬支度のロック魂が滲み出てる、かもしれない。ヒョロヒョロと鳴るオルガンはザ・バンドのガース・ハドソンのよう。夏の終わりの寂しさを歌った「虫の音」は、ファンの間でとても人気のある曲。からっとした切なさ、様々なパーカッションで夏の虫の音を表現しているのも楽しい。アナログレコードで言うところのA面最後は賑やかなインストナンバー「眠り羊が丘越えて」、ライヴでは締めで演奏されることの多い曲。フルーティスト斎藤さんの独壇場、ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンのように片足上げてフルート吹いたり、ステージを降りてフルート吹きながら客席を練り歩く姿が目に浮かぶ。B面1曲目「景色を前に」は名曲だと思う、私はこの歌に滅法弱い。”空の継ぎ目”というフレーズにウルッとくる、私の故郷の山と田んぼと畑しかない田舎の景色を思い出して仕方がない。バンドの演奏もアンサンブルも歌心が溢れていて素晴らしい、ありがとう。続く「夢のまた先」は、安田さんの細野晴臣的歌唱が堪能できるYASUDA HOUSEフォークソング。冬支度というグループ名だが、意外に夏の歌が多いのだなぁ。こちらはもちろん文字通りの冬の歌「初雪」ジェームス・テイラー風のギターやコード感が洒落た雰囲気の冬支度流シティポップ、かもしれない。私には夜のシャッター通りにある自動販売機の光に照らされてハラハラと初雪が舞っている場面が見える、作詩は斎藤さんで歌唱もフルートも危うく美しい彼女の魅力が満載の曲だ。別れを淡々と綴った冬支度というよりも安田支度ソロという風情の「顔立ち」はもうあれこれ言うまい、じっくりと歌と詩に耳を傾けて下さい。朝の「浜辺」に腰掛けてぼんやり海を眺めながら何を思う、”夢も叶えば案外と空しいもんだろ?”キラーフレーズだ。安田さんは季節や時間や風景、あるいは心情が移ろいでいくグラデーションを詩にしていることが多いように感じるが、どうだろう。B面の最後もインスト曲で童謡や子守唄のようなシンプルなメロディーの「草スケート」は、安田さんのギターと斎藤さんのフルートの冬支度二人だけの演奏で、何かこう彼らのこれまでの歴史の積み重ねまでをも感じてグッとくる静かに感動的なフィナーレ...。良い意味で、名盤とか傑作とか大仰な呼び方は似つかわしくない、そっと日常に寄り添いほのかに色をつけてくれる末永く聴けるレコードだ。

CDのジャケットカヴァーの印象的な黒猫のイラストは眼福ユウコさん、インナーの色彩豊かな山や風景のイラストは青山円さん、それをまとめる全体のデザインはラリーパパ&カーネギーママの水田十夢さん、丁寧な解説のライナーノーツはきじまこうさん、帯コピーのコメントはレーベルメイトでミステリ作家の大津光央さん、とチーム冬支度というべき面々で愛情のこもった素敵なアート作品にもなっているので、目でも耳でも隅々まで楽しめる。どうぞジャケ買いしましょう。


『こんな風に』 冬支度(2020年)

01. こんな風に(安田支度)
02. 走馬灯(安田支度)
03. 浮かない顔して(安田支度)
04. 虫の音(安田支度)
05. 眠り羊が丘越えて(安田支度)
06. 景色を前に(安田支度)
07. 夢のまた先(安田支度)
08. 初雪(斎藤祢々子-安田支度)
09. 浜辺(安田支度)
10. 草スケート(安田支度)

冬支度...
斎藤祢々子:Vocal, Flute, Accordion
安田支度:Vocal, Acoustic Guitar, Blues Harp, Mandolin, Keyboard

渡瀬千尋:Drums, Percussion
藤江隆:Acoustic Guitar, Resonator Guitar
北里修:Piano, Organ

Recorded by Oldheights Studio, Mothership Studio, Tricraft
Mixed & Mastered by 小谷真奈美(雲州堂)