レコードは果てしなく

好きなレコードや観たライヴのことを喋ります。'79年生まれ。

『ある日の続き』 吉上恭太

やっぱり秋はシンガーソングライターが似合うよね。なんて言いながら、70~74年くらいまでのシンガーソングライターのレコードを棚から引き抜く。という選択肢に、最近、もうひとつ増えた。70~74年くらいまでのシンガーソングライターのレコードか吉上恭太『ある日の続き』か、どれにしようかな?嬉しい悩み。...思わず前記事をサンプリングしてしまったが、実際に秘密のミーニーズ『It's no secret』と交互に聴いている。そんな豊かな秋。

ある日の続き

ある日の続き

文筆家でもある吉上恭太さんの還暦にして2ndアルバム『ある日の続き』。正直、吉上さんのことをよく存じていたわけではないけども、ツイッターの私のタイムラインでしばしば名前を目にしていた方。渋谷Cabotte辺りで若い人たちに混じってライヴをしていたり、古書ほうろう(一度だけふらっと訪れたことがある)での吉上さん主催のイベント”サウダージな夜”にクララズのクララさんがゲストで出ていたり、ちょっと気になる存在で。そんな折、roppenのギタリスト渡瀬賢吾さんよりレコーディングに参加しました(エレキギター、ペダルスティールで八面六臂の大活躍!)とアナウンスされた『ある日の続き』発売のニュース。プロデュースは谷口雄さん(元・森は生きている、現・1983など)と吉村類さん、何やらバンドメンバーも渡瀬さん始め若い精鋭たちが集っているという。親子ほど離れた(実際に谷口さんのお母さんと吉上さんは同い年だそう!)年の差どんくらい?セッションへの興味が沸々と。帯のコメントは憧れのパイドパイパーハウス店長の長門芳郎さんだし、トドメは売り文句の”新時代の「ワン・マン・ドッグ」”。『ワン・マン・ドッグ』というのは、ジェイムズ・テイラーの72年のハートウォームなシンガーソングライター名盤であり、私の心の名盤No.1である。もはや買わない理由なんて無い、ので買った聴いた惚れた。再生ボタンを押した瞬間に響き渡るアコースティックギターの洗練とイナタさが同居するつま弾きを聴いた瞬間、幸せな笑みがこぼれる。バンドの演奏もまさしく『ワン・マン・ドッグ』でバックを務めたザ・セクションのように、あのちょっとソウルミュージック入った温かい歌心のあるグルーヴだ。そこに乗る吉上さんの哀愁ある朴訥とした歌声は、これまた大好きな中川イサトさんを彷彿とさせる素敵さ。鶯じろ吉さん(長門さん曰く、バーニー・トーピンのよう)による何気ない街に生きるさりげない心象風景を小粋に切り取った詩もサウンドに見事に溶け込む。日常生活の延長線上で、あまりに自然にじっくりと歌と言葉と音とリズムに浸れるアルバムである。即ち、ある日の続きのソングブック。これでいいのだ、これがいい。

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そう、笑っちゃうくらい頭からお尻までジェイムズ・テイラーしてる愛すべき「ぼくが生きるに必要なもの」でアルバムはスタート。特に竹川悟史さんのゴリッとしたベースプレイが実にリーランド・スクラー、ドラマーのイメージなので驚いた。5分で消えてしまう夕焼け、コバルトブルーの自転車...タイトル通りぼくが生きるに必要なものが訥々と並べられる、私は何よりも”クリムゾンレッドのギター”にグッとくる。1曲目がそれなら2曲目は「Nobody But You」風のバラードで...と思いきや、渡瀬さん弾くデュエイン・オールマンばりの泥沼スライドギターがけたたましいブルーズロック「かもつせん」は、豪快な”Shyness Is a Warm Gun”だった。すっかり度肝を抜かれるも、谷口さん(タニー・クーチ)と吉上さんとのアコースティックギターのハーモニーが美しく穏やかな「犬の瞳が月より冴えたら」は再びJTムードで、ホッと一息。ついたかたと思えば、次はどこか情けなくも憎めないホーボーソング「ホーボーだって深海魚の夢を見る」中川イサト「プロペラ市さえ町あれば通り1の2の3」に通じるゴキゲンで能天気なカントリー&フォークな逸品だが、最後に唐突に吠える並木万実さんの狂暴なトロンボーンでガツンと夢から覚める。さぁ歩き疲れたから家に帰ろうか、暮れなずむインスト曲「ieji」で前篇(A面)終了。ヴィブラフォンとフルートの音色が麗しいサウダージ感いっぱいのボッサ「one day~或ル日ノ続キ」は、ジョン・セバスチャン「Magical Connection」を参考にしたであろうメロウなアレンジにうっとりするが、時折聞こえてくる珍妙なパーカッションは照れなのだろう、か。夜空を照らす明るく朗らかなポップナンバー「ほしどろぼう」、ワウワウギターとペダルスティールの幻想的な音の重なりに天の川が見え、”Don't cry!”に肩をポンと叩かれてなんだか元気が湧いてくる。アコースティックギターとペダルスティールとピアノだけのシンプルな語り口で、ぐっとロマンチックにしっとりと「十一月の寓話」、歌われる”ジョニ・ミッチェル”という名前の甘美な響きよ。そして、タイトルからしてもう掛け値なしの名曲「ごはんの湯気で泣くかもしれない」は間違いなくアルバムハイライトだろう、フィフス・アヴェニュー・バンドにも負けずとも劣らない爽快なシティポップスだ。渡瀬さんの土釜から染み出るような旨味あるオブリガートにギターソロ、谷口さんの炊きたてホヤホヤのごはん粒みたくエレクトリックピアノの艶やかな音、ちょうどいい固さ柔らかさの瑞々しく粘りのあるリズム隊、とにかく絶品のバンドサウンドに舌鼓を打つ。思わず何杯もおかわりしたくなるが、最後の曲へ。泣くかもしれないから結局泣いてしまう「涙」は、古書ほうろうでの旧いラヂオから聞こえてくるかのような音質の弾き語り録音。感情の行き場を失いひとりでに流れる十七の娘の涙(詩:菅原克己)、うっすらと聞こえる外の通りの雑音まで愛しいエンドロール。

これがぼくが生きるに必要なレコード。だなんて、ちょっと言い過ぎただろうか。心のレコード棚の手に取りやすいところには置いておこう。


「ごはんの湯気で泣くかもしれない」by 吉上 恭太 @ひしょう 5.3.2017

”鈍感だから 笑ってる/臆病だから 生きのこる”


『ある日の続き』 吉上恭太(2017年)

01. ぼくが生きるに必要なもの
02. かもつせん
03. 犬の瞳が月より冴えたら
04. ホーボーだって深海魚の夢を見る
05. ieji
06. one day~或ル日ノ続キ
07. ほしどろぼう
08. 十一月の寓話
09. ごはんの湯気で泣くかもしれない
10. 涙

録音メンバー...
吉上恭太、谷口雄、渡瀬賢吾、竹川悟史、北山ゆう子、増村和彦、並木万実、影山朋子、松村拓海

Produced by 谷口雄
Co-produced by 吉村類
Recording engineered by 馬場友美、谷口雄
Recorded by TANGOK Studio and some other nice places
Mixed by 谷口雄
Mastered by 原正人

Cover & booklet illustration by 山川直人
Photography by 鶯じろ吉、とも吉
Design by 板谷成雄