レコードは果てしなく

好きなレコードや観たライヴのことを喋ります。'79年生まれ。

『黄金の足跡』 TRICKY HUMAN SPECIAL

ふと目を閉じれば、先月のBAND EXPO@梅田ムジカジャポニカの名シーンが瞼の裏に映ります。出来ることなら、もう一度時を戻したいくらいですが。第一部のソロコーナーでのTRICKY HUMAN SPECIAL(コーノカオルさん)も、じわりと印象的でした。歌心たっぷりのBAND EXPOの演奏が、コーノさんの色気ある歌唱と美しいメロディーを際立たせていましたね。不思議なもので、ライヴを観た後にそのレコードを聴くと、聴こえ方が随分と変わっていきます。演奏者の顔が浮かんでくるし、音がより立体的になってくるようなそんな気がします。TRICKY HUMAN SPECIALの新作『黄金の足跡』もグググッと深みを増して、寒くなってきたこの季節にもう沁みまくりなのです。哀しいかなレオン・ラッセルは星になってしまいましたが、このレコードはレオンの魂(メロウサイドの)を受け継いでいるのではないかと、今、聴いていてそう感じます。

黄金の足跡

黄金の足跡

同時発売されたBAND EXPO『BAND EXPO』とはレコーディングメンバーもほとんど同じで兄弟盤と言ってもいいでしょう。『BAND EXPO』は朝~昼に聴くと爽快なロックバンドアルバムで、『黄金の足跡』は夜が似合うシンガーソングライター然としたアルバム。前作『孤独の巨人』から地続きにある色合いではありますが、全編に渡ってしっとりしたバラードナンバーで占められています。とは言え、ポップ寄りの曲やJAZZYな曲だったり、それぞれ曲調やアレンジはバラエティーに富んでいて、最後までしっかり楽しめるアルバムになっています。前作も聴き応えのある名作でしたが、今作では壮大でメロウなTRICKY HUMAN SPECIALワールドがより一層に確立され、グンとスケールアップ、サウンド面の質も随分と向上しているように思います。そして、公式HPに掲載されている推薦コメント(素敵なコメントばかり)でSAKANAの西脇一弘さんが指摘されているように、曲ごとのゲストギタリスト(小見山範久さん、西村哲也さん、青木孝明さん)の適材適所ぶりが本当に見事です。各人が持ち味を存分に生かした演奏であっても、あまりにも曲に馴染んでいるので、誰が弾いているのか気にならなくなるほど。ドラムスはBAND EXPOと同じく矢部浩志さんが担当、コーノさんの念願だったと思いますが、優しく歌に寄り添いながらも骨太でロックンソウルなビートはここでもやはり完璧に溶け込んでいます(もしかすると他ではあまり聴けないドラミングかもしれません)。Cheer Up!WEBでのインタビューで、コーノさんが矢部さんにドラムを依頼したら「トッド・ラングレンカーペンターズとピーター・ゴールウェイを村井邦彦で割ったかのような素晴らしい曲ばかりだから楽しんでドラム叩けるよ!」と快諾してくれたというエピソード、これ以上ない最高の讃辞ですよね(私が音楽家なら、こんなこと言われたら、嬉しすぎて音楽辞めちゃうかも!?)。矢部さんが例えで挙げているミュージシャン達のように、コーノさんも時代を超える普遍的なスタンダードナンバーを創作し歌おうとしているシンガーソングライターなのです。と勝手に思い込んでいますが、『黄金の足跡』を聴いて、ますますその思いを強くしました。


陽は沈みまた昇る/TRICKY HUMAN SPECIAL(コーノカオル)

アルバム冒頭からいきなりの涙なくして聴けない胸を打ち続ける名曲「陽は沈みまた昇る」、西村さんの泣きに泣くスライドソロは歴代屈指の名演。福島ピート幹夫さんのムーディー極まりないサックスをフィーチャーしたオトナの世界「孤独な巨人」、とはいえ朝起きたら巨人になっていたという謎の哀愁漂う歌詞がユーモラス。一番のお気に入りかもなジャズるピアノとウネるベースプレイが艶めかしい「蟻とキリギリス」、小見山さんのブルージーなギターも実に渋い。dodo specialのレパートリーであったという不知火庵さん作詞曲で曰く渡辺美里感漂う「Baby Don't Cry」は西村さんの多重ギターが不思議ポップな味付けでクセになる逸品。全体的にエフェクトかけまくりでゴドレイ&クレームみたく実験サウンドの表題曲「黄金の足跡」、夢の中で稲穂の上をゆらゆら飛んでいるかのような浮遊感。一転して、シンプルに青木さんのエレガントなアコースティックギターと歌だけの生々しく柔らかな「オリオン」、二人のハーモニーが滑らかに沁み渡る。まさしくトリッキーな言葉遊びが愉快にファンキーな「30分」、思わず沢田研二井上陽水)「背中まで45分」を思い出したり。キラキラした眩しいくらいにストレートにポップな「虹」、小見山さんの晴れやかなギターソロで心に大きな虹が架かる。ホロ酔い気分の心地良い倦怠サウンドをBGMに、何気ない飲み屋で起こる不気味なヒューマンドラマ「武蔵野心中」。軽やかにこみ上げてくるポップナンバー「Tonight」で、もうひと盛り上がり。最後は、耳元でそっとあなたにだけ教えます「秘密」

黄金の足跡の主は「歌」だった、そんな名盤。じっくりと堪能してもらいたい。


『黄金の足跡』 TRICKY HUMAN SPECIAL(2016年)

01. 陽は沈みまた昇る (feat. 矢部浩志 & 西村哲也)
02. 孤独な巨人 (feat. 福島ピート幹夫, 青木孝明 & 矢部浩志)
03. 蟻とキリギリス (feat. 小見山範久 & 矢部浩志)
04. Baby Don't Cry (feat. 西村哲也 & 矢部浩志)
05. 黄金の足跡 (feat. 矢部浩志 & 西村哲也)
06. オリオン (feat. 青木孝明)
07. 30分 (feat. 小見山範久 & 矢部浩志)
08. 虹 (feat. 矢部浩志 & 小見山範久)
09. 武蔵野心中 (feat. 西村哲也 & 矢部浩志)
10. Tonight (feat. 小見山範久 & 矢部浩志)
11. 秘密 (feat. 矢部浩志 & 小見山範久)

コーノカオル Vocal,Bass,Piano,Synthesizers,A.Guitar

矢部浩志 Drums
青木孝明 Guitar
小見山範久(THE VOUT)Guitar
西村哲也 Guitar
福島ピート幹夫(KILLING FLOOR/MEALS)Sax

Drums Recording 平野栄二(Studio Happiness)
Mix&Mastering 中村宗一郎(PEACE MUSIC)

Illustration 奥田一生